2004年3月13日に出産した長女の時の記録です。
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思い出しながらなのですが…。
予定日過ぎても生まれない焦り
臨月に入ってから、陣痛を迎えるためにほぼ毎日散歩をしていました。
いつ破水になるか分からないので、ナプキンもしていましたし持ち歩いてもいました。
全く、生まれるような自覚症状も無なかったのですが、自分が気づかないだけで実は明日にでも生まれるのではないか、と毎日そわそわする日々。いざ陣痛が来た時には、タクシーで向かう事とか、頭の中で色々とシミュレーションしていました。
子宮口は1cm空いてるけれど・・・
36週に入ってすぐ、医者から子宮口が1cm空いていると告げられました。「いよいよなんだ♪」とドキドキワクワクの日々…。しかし毎週、「子宮口1cm開いてますが、まだまだですね」と言われるだけで、変わった様子も無し。
よく言われる、「お腹が下がった」っていう感覚が分かりませんでした。
そろそろ産まれそうだという自覚症状も無いから、おかしいなと思ったのだけど…。
39週くらいから医者からのコメントが「初めてだから遅れやすい」など、慰めのようなセリフになってきました。本当になんの進展も無かったようです。
そして、予定日が過ぎ、予定日1週間後に管理入院が決定しました。促進剤を使って誘発するために入院です。
予定日頃になると、両方の実家からの電話も多くなるし、精神的に焦っていました。祖母からは運動不足じゃないのか、と言われるし...毎日散歩してるし、臨月前までマタニティスイミングやってたのに。
毎日がドキドキでだんだん気持ちが焦っていました。たまごクラブの出産体験記も何度も何度も読み返しました。たまごクラブでは、安産の人の方が多く、予定日より前に生まれる割合が多かったので、自分もそうかな、と思っていたのでした。
入院は電車で…
陣痛が来て一人でタクシーとか色々頭でシミュレーションしていたのに、実際は母と電車で入院場所に向かうとは拍子抜けでした。
家で陣痛を迎えるのが当たり前だと思ってたのに・・・もうかなりブルーです。
でもこのブルーも産んでしまえばもう終わるんだと気持ちを切り替えようと思いました。
入院日は手続きだけして、診察したり熱を測ったりしましたがそれでおしまい。誘発は明日からだそうです。1日もったいない!と思いました。
いざ、促進剤の点滴をするも…
もう予定日を1週間過ぎてるのだし、ようやく産む事が出来るんだと、覚悟して点滴をしました。すると、規則正しいお腹の張りがきて、「これが陣痛か!」と思いました。
しかしその張りは弱く、本を読んでも余裕。私は初めてだったので「なんだ、陣痛ってちょろいんだなあ」くらいしか考えていませんでした。
しかし、その張りは促進剤が起こしたものであって、その張りで本当の陣痛を誘発するのです。本当の陣痛は来なかったので、4時ごろに医師がやってきて、「今日の処置はおしまいです。明日またやりましょう」と言うではないですか!
しかも…内診したところ、まだ子宮口は1cmで進展なし。ショックでした。見舞いに来た母も父に電話して「生まれなかった」と報告していました。
毎日陣痛が来るために、散歩や階段のぼりなどやっていた私の努力などがむなしく感じてきました。それでも、病院でも階段を登ったり降りたりしていました。
次の日も点滴…
次の日も変わらず点滴です。その間に何度も産声を聞きました。もう一人、私と同じようなケースで管理入院して促進剤をしていた方がいましたが、予定日を2週間に迫りタイムリミットという事で帝王切開になりました。私も切って欲しいなと思いました。
昨日と同じように4時ごろ医師がやってきて終了しました。しかも次の日は病院が休みだから点滴はしないと言うじゃないですか!予定日を1週間以上過ぎてるのに…。もうすぐ2週間になっちゃうよ。
少しだけ進展したと言えば、子宮口が1cmから3cmになった事くらいでした。
私はその夜、一人ベッドで大泣きしてしまいました。
つづく

